釧路地方裁判所 昭和58年(ワ)43号 判決 1985年4月15日
原告
阿部光昭
ほか一名
被告
株式会社帝国警備北海道
ほか一名
主文
一 被告らは原告阿部光昭に対し、各自金一六六万五三八〇円及び内金一四六万五三八〇円に対する昭和五七年一一月三日から、内金二〇万円に対する昭和五八年三月一六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは原告阿部信子に対し、各自金一六六万五三八〇円及び内金一四六万五三八〇円に対する昭和五七年一一月三日から、内金二〇万円に対する昭和五八年三月一六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らのその一を被告らの各連帯負担とする。
五 この判決中、主文第一、第二項は、いずれも仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
一 被告らは各原告に対し、各自金一一七二万六九一三円及び右金員に対する昭和五七年一一月三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行宣言
(請求の趣旨に対する答弁)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 事故の発生
訴外亡阿部嘉彦は次の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて死亡した。
1 日時 昭和五七年一一月二日午後六時四五分頃
2 場所 釧路市星が浦大通四丁目七番先市道
3 加害車 普通乗用車(釧五五つ二三六五)
運転者 被告池田幸雄(以下「被告池田」という。)
所有者 被告株式会社帝国警備北海道(以下「被告会社」という。)
4 結果 阿部嘉彦は右道路左端に佇立中、加害者に激突され、ただちに釧路市夜間急病診療所に運ばれたが、内蔵破裂による外傷性シヨツクにより、同日午後七時五〇分に死亡した。
二 被告らの責任
1 被告池田
およそ自動車運転者は、運転するに当たり前方を注視し、安全を確認して自車を進行させる業務あるところ、被告池田は、本件事故現場附近は閑静な住宅街であつて公園に隣接している場所であるから公園で遊んで帰宅する子供の存在が予測され、道路の中員も広く直線で見通しの妨げになるものは全く存在しないのにもかかわらず家を探すのに気を奪われて前方注視を怠り、道路左側に佇立していた嘉彦の発見が遅れ、漫然自車を進行させたため折から加害車を発見して逃げようとした嘉彦の背後に自車を激突させたものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任がある。
2 被告会社
被告会社は、本件加害車を所有し従業員に業務のため使用させ運行の用に供していたものであるから自賠法三条により損害賠償責任がある。
三 損害
1 亡嘉彦の逸失利益 二七九八万五六一五円
亡嘉彦は、昭和五二年八月二三日生まれの健康な男子で、本件事故時五歳であつた。同人は本件事故がなかつたとすると一八歳で就業し六七歳まで働くことができたから、昭和五六年度の資金センサス産業計全労働者男子の平均賃金は月額二〇万二三〇〇円、年間の賞与は六七万七六〇〇円であるから、これを基礎とし、生活費として右収入の五〇パーセントを控除し新ホフマン係数を乗ずると同人の逸失利益は左記の計算式により二七九八万五六一五円である。
(20万2300円×12+67万7600円)×50%×18.025
2 慰藉料 一二〇〇万円
亡嘉彦は、原告両名の二男として出生、健康で明かるい幼稚園児で両親の希望を一身に集めて成長していた。本件事故に対しては、原告ら両親はその気持を表現することもできないほどの悲しみにおちている。原告らは各金六〇〇万円をもつて慰藉されるべきである。
3 弁護士費用 一三四万五〇〇〇円
原告らは、本件に関する一切の事務を原告代理人に委任し、その際釧路弁護士会の定める報酬規程に基づき弁護料を支払う旨の約束をした。右規程によれば、本件は着手金、報酬が金一三四万五〇〇〇円である。
4 損益相殺
原告らは、本件事故の損害賠償として被告会社の加入にかかる自賠責保険から金一七八七万六七八八円の支払いを受けたので、右1の逸失利益に充当した。
四 相続
原告阿部光昭は亡嘉彦の父であり、原告阿部信子は亡嘉彦の母であり、原告らは亡嘉彦の相続人として亡嘉彦の逸失利益を二分の一ずつ取得した。
五 よつて、原告らは被告に対し、逸失利益残金五〇五万四四一三円、慰藉料金六〇〇万円、弁護士費用金六七万二五〇〇円の合計金一一七二万六九一三円を各原告に支払うことを求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一の事実は認める
二 同二の事実については、事故の態様は否認し、被告池田が本件加害車の運転者であること、被告会社が本件加害車の所有者であり運行共用者であることはいずれも認める。
三 同三の1ないし3については否認する。同4については認める。
四 同四の事実は認める。
(抗弁)
一 過失相殺
本件事故は、被告池田が、本件事故発生場所三〇メートル程前方において、道路左端に立つている嘉彦を認めたので、道路中央部に寄つて走行していたところ、約一二メートル前方で鬼ごつこに夢中だつた嘉彦が加害車両の前面に突然走り出てきたのを認め、突差に急ブレーキをかけたが、その前方を走る嘉彦に背部から衝突したもので、殆んど回避不能の状況で発生したものである。また、嘉彦の監督業務者である原告らは、幼児である嘉彦がどのような行動に出るやもしれないのであるから、よく説諭したり、監督するなどして本件事故を未然に防止すべき業務を怠つたものである。
これら被害者側の過失は、損害額の算定について斟酌すべきである。
二 損害の填補
被告会社は原告らに対し、葬儀費等代金として金二一二万三二一二円を支払済である。
第三証拠〔略〕
理由
一 昭和五七年一一月二日午後六時四五分頃釧路市星が浦大通四丁目七番先市道上において、被告会社所有にかかる被告池田運転の普通乗用車が阿部嘉彦と衝突する交通事故が発生し、同事故のため嘉彦は内蔵破裂による外傷性シヨツクにより同日午後七時五〇分に死亡したことについては当事者間に争いがない。
二 事故の態様及び原因
1 いずれも成立に争いのない乙第一号証、第八、第九号証及び検証の結果によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は浦大通四丁目の国道三八号線から鶴野方向へ約一九〇メートル進行した地点の市道上である。
該道路は、幅員約八・七メートル、南北にほぼ直線で前方に対する見通しはよく、車歩道の区別のない小さい凹凸の多い砂利道であり、両側に幅約二・二メートルの側溝が存在する。
道路の鶴野方向へ向かつて右側は一般住宅が点在し、左側は側溝を経て星が浦中央公園に接する閑静な住宅街で、車両の交通量は少ない(一〇分間に車両三台程度の交通量)。
該道路には速度制限等の交通規制はなく、センターラインの表示もない。
本件事故当時、路面は乾燥しており、現場附近には街燈はなく暗かった。
2 前掲各証拠及びいずれも成立に争いのない乙第五ないし第七号証によれば次の事実が認められる。
(一) 被告池田は普通乗用車を運転して星が浦大通四丁目の国道三八号線から鶴野方向へ時速約四五キロメートルで北進し、本件事故現場附近にさしかかつたところ、二十数メートル前方道路左端に道路に向いて立つている嘉彦を発見したが、嘉彦は被告池田の車に気づいている様子はなく、かつ、幼児であるところから、同人が突然とび出してきて道路向い側に横断を始めることも予想できたのであるから、被告池田としては、充分に徐行し、嘉彦の動静を注視しながら進行するようにして事故の発生を未然に防止すべき義務があるにこれを怠り、若干減速し、かつ、車を道路の中央寄りに寄せたのみで漫然と嘉彦の前を通過しようとした過失により、突然道路にとび出してきた嘉彦を約九・六メートルの地点に認めて急制動をかけたが間に合わず、自車左前部を嘉彦の背部に衝突させた。
(二) 亡嘉彦は、昭和五二年八月二三日生まれで当時五歳幼稚園児であるが、日没後の暗い時刻であるにもかかわらず、兄や従兄弟たちと「かくれんぼ」遊びを始め、鬼となつて他の子供たちを捜すことに熱中するあまり、道路の安全を確認しないで道路端から中央にとび出した過失により、前記被告池田の過失と相俟つて本件事故を惹起した。
なお、原告阿部光昭本人尋問の結果中には、「自分は、本件の事故の模様につき加害車が嘉彦の方へ寄つてきたので嘉彦が逃げたとの話を嘉彦の兄から聴いており、したがつて、被告池田は嘉彦と衝突するまで嘉彦に気づいていなかつたのではないかとの疑念を持つている」旨の供述部分が存するが、嘉彦が、道路にとび出し後加害車に気づいてこれを避けようとして逃げたことは前掲乙第八、第九号証からも認められるところであるが、前掲乙第一号証によれば、本件事故現場には衝突前の加害車のスリツプ痕が残っていたことが認められ、したがつて、被告池田が衝突以前に嘉彦を認めて急制動をかけたことは明白であり、右原告供述の見解は採用しうるところではなく、また、他に以上の認定に反する証拠は存しない。
三 被告らの責任
被告池田の本件加害車の運転について、同被告に過失のあつたことは前認定のとおりであるから、同被告は民法七〇九条により、また、被告会社は本件加害車を所有し業務員に業務のため使用させ運行の用に供していたものであることは当事者間争いがないから自賠法三条により、亡嘉彦及び原告らがそれぞれ被つた後記認定の損害を賠償する義務がある。
四 損害
1 逸失利益
(一) 亡嘉彦は、本件事故当時五歳の男児であつたが、本件事故に遭わなければ一八歳から六七歳まで通常の男子として稼働可能であつたと推定され、労働省統計情報部の昭和五八年賃金構造基本統計調査を基に逸失利益を計算すると次のとおりである。
(1) 昭和五八年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計の学歴計男子全年齢計の平均給与月額金二五万四四〇〇円、年額金二九五万三二〇〇円
(2) 同右年間賞与等金八七万五〇〇円
(3) 右(1)、(2)の合計金三九二万三三〇〇円
(4) 生活費控除五〇パーセント
(5) ライプニツツ係数九・六三五三
(6) 以上による逸失利益金一八九〇万一〇八六円
(二) 過失相殺
本件事故の発生については前記二の2の(二)のとおり亡嘉彦にも過失があつたことが認められるので、亡嘉彦の被つた損害額を定めるについてはこれを斟酌すべく、右認定の逸失利益につき三割を滅ずることとする。
(三) 相続
原告阿部光昭は亡嘉彦の父として、同阿部信子は亡嘉彦の母として、亡嘉彦の死亡により同人を相続したことについては当事者間に争いがなく、したがつて、原告らは、各二分の一宛亡嘉彦の右過失相殺をした後の損害賠償債権を相続したものであり、その額は各金六六一万五三八〇円となる。
2 慰藉料
前記認定の事実関係その他前掲各証拠によつて窺知できる諸般の事情を総合し、更に、原告らの亡嘉彦に対する監督責任を怠つた過失を考慮すれば、慰藉料としては原告らにつき各金四五〇万円が相当である。
3 損害の填補
原告が自賠責保険から金一七八七万六七八八円(原告ら各自につき金八九三万八三九四円)の給付を受けたことは原告らの自陳するところであるから、同金額は右1及び2の損害から控除する。
また、被告会社が原告らに対し葬儀費等代金として金二一二万三二一二円を支払つたことは、原告らにおいて明かに争わないから自白したものとみなし、右金額から葬祭費相当額金七〇万円を控除した残額金一四二万三二一二円は右1及び2の損害から控除する。
以上、控除後の原告らの1及び2の損害合計額は、各金一四六万五三八〇円となる。
4 弁護士費用
事件の難易、審理経過、認容額に照らし、本件において原告らが被告らに賠償を求め得る弁護士費用は各二〇万円をもつて相当と認める。
五 以上によれば、原告らの本訴請求は、原告各自において、被告らに対し金一六六万五三八〇円及び内金一四六万五三八〇円に対する本件事故の翌日である昭和五七年一一月三日から、内金二〇万円に対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年三月一六日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、右理由のある限度においてこれを正当として認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本正樹)